
リッチ・デヴォス氏:成功と信仰のギャップ
あるMLM(マルチレベルマーケティング)ビジネスの創始者、リッチ・デヴォス氏(リチャードM. デヴォス)をご存じでしょうか。現在ビジネスに取り組んでいる方々の中には、彼がどのような人物であったかを知らない方もいるかもしれません。今回、私が特にお伝えしたいのは、彼が熱心なクリスチャンであったという、その一点です。
なぜ、この一点を強調したいのか。それは、私自身が長年抱えていた、「成功者」と「クリスチャン」のイメージのギャップに苦しんでいたからです。
私が抱えていたクリスチャンのイメージ
イエスのたとえ話に「金持ちとラザロ」があります。貧しいラザロが天国へ、大金持ちは苦しむという話です。この話も含め、私はクリスチャンに対して、以下のような固定観念を持っていました。
(※あくまで個人的な見解です)
- クリスチャンはお金持ちであるはずがない。
- クリスチャンは目立つ活動をしているはずがない。
- クリスチャンはつつましく生きているはずだ。
このイメージに照らすと、リッチ・デヴォス氏は完全にイメージから外れた存在でした。
1. 大金持ちでした
彼は長者番付に載るほどの大富豪でした。当時の私は「クリスチャンがお金持ちであるはずがない」と思い込んでいたため、彼の信仰と成功を素直に受け入れられませんでした。
2. 目立つ活動をしていました
彼が築いた会社は世界企業であり、トップとして世界中を講演して回る、極めて目立つ活動家でした。彼の教えを収めたテープやCD、DVDは山のようにあり、その影響力は計り知れませんでした。
3. つつましい生活ではなかったかもしれません
つつましさの定義は人によりますが、彼は何度も心臓手術、さらには国内では年間数人しか受けられない心臓移植手術を受けています。最高の医療を受けられる環境にいることが、「つつましい」という言葉からは遠いと感じていたのです。
劣等感との戦い:ひがみ根性を超えて
彼がクリスチャンであることを素直に認められなかったのは、私自身のひがみ根性や劣等感に原因がありました。「大金持ちの道楽だ」「目立つクリスチャンなんて」と、心のどこかで彼の成功を否定しようとしていました。
優秀な人、成功した人のことを、自分のような凡人が評価するのはおこがましいことです。しかし、この内なる葛藤と戦った末に、今ははっきりと言えます。
リッチ・デヴォスさんは、素晴らしい人間、そしてクリスチャンでした。
「他人のために」という行動力
彼の会社の理念自体が、他人の成功のために設計されていました。お金持ちの「他人のためになる行い」は、凡人の想像を超えます。
月とスッポンを比較するのは恥ずかしいことですが、彼の行動のスケールは桁違いでした。私が道端でゴミ拾いを考えるレベルだとすれば、彼は森林保護活動をプロデュースするレベルです。私が「ありがとう」と言う代わりに、彼は報酬システムという形で人々の努力に報いる仕組みを世界中に作ったのです。
神様への強い信頼
彼がクリスチャンであったことは、彼自身の言葉によって何度も宣言されています。私が見聞きした講演の記録には必ずと言っていいほど、彼がクリスチャンであることが語られていました。
日本でクリスチャンだと宣言するのが、今でも「怖いものがある」と感じるように、ビジネスの場で宗教を持ち出すことには勇気が要ります。しかし、彼は臆することなく信仰を語り、講演の終わりは毎回、聖書の言葉で締めくくられていました。
特に心臓移植という大手術に直面した時も、彼は神様への揺るぎない信頼を語り、その経験は多くの人に勇気を与えました。
成功はクリスチャンを否定しない
リッチ・デヴォス氏は、大成功を収めたクリスチャンでした。彼の生き方は、「クリスチャンだからといって、ビジネスに成功しないわけではない」ことを証明しています。
クリスチャンとは、つつましく生きるべき、目立たず生きるべき、という固定観念は、私たち人間が勝手に作り上げたものです。神様は、私たちの能力や環境、成功の度合いによって愛を変える方ではありません。
リッチ・デヴォスさんは、成功しているクリスチャンたちの、紛れもないお手本だったのです。そして私は、死後の今でも神様が彼を祝福してくださっていることに、心から思いを寄せています。

