よのなかにはいろんな「かみさま」があるね。「しょうばいのかみさま」「すもうのかみさま」とか。ボクもみたことないからイメージでせつめいすると「いつもちかくにいて、インスピレーションをさずけてくれる、みえないけどいないわけじゃない」ってかんじかな。キミにもイメージつたわるかな?
かみさまいつもちかくにいてインスピレーションをさずけてくれる

かみさまって、いつもちかくにいて、インスピレーションをさずけてくれる。
みえないけどいないわけじゃない、いるけどみえるわけじゃない。
まるで、くうきだけど、かぜをかんじるようなかんじだ。
それだけのことだよ。
かみさまって、なんだろうとおもっていた、むかし
ふすまのトラもかみさまだったんだ。
ボクにとってのかみさまって、むかしはこんなかんじだったんだ。
おぼえているのをかいてみるね。
エンピツのキャップ、てんじょうのもよう、おまもり、カガミ(おもいをこめれば、ねがいがかなう)、ポスター、ぶんちん(ざゆうのめいが、かいてある)、スリッパ(おもてがでたら、きょうはいいことある)、にわにあった「まつのき」、カラス(くろいろが、しんぴてきだった)。
かみさまのおかげでいいことがおこった!
いいことがおこるボウシも
かみさまだったことがある。
エンピツのキャップでも、かみさまだとおもっていると、いいことがおこるんだよ。
(※こじんのかんそう、です)
たとえば、テストがいいてんとれたり、たいいくでだいかつやくできたり、みちでおかねをひろったり。
もちろん、おまもりでもそうだとおもう。
ぐうぜんでおこった、いいことがジブンのなかにちくせきされるかんじかな。
ためしに、やってみてね。
だけど、おとなになってみると「なんかちがうんじゃない?」っておもっちゃうよね。
これは、かみさまと、なんかちがうんじゃない?
いまは、おとなになったから
かみさまはモノじゃなくなった。
そのうちに「エンピツのキャップじゃあ、なんだかなぁ」「こんど、ポスターをかったから、てんじょうのもようはやめよう」って、おもうようになる。
そうおもったら、そうするといい。
それで、つぎは「へいあんじだいのツボ」とか「ひゃっかじてん」を「かみさま」のかわりにしてみてもいい。
でも、やってることは、おなじだね。
かみさま には「かんしゃ」と「はんせい」
かみさま っていうと、「かんしゃ」「はんせい(ざんげ、こくはく)」と「おいのり(ねんぶつ?)」が、どこでもきほんさぎょうだ。
それだけで、どんなひとでも、せいかつがうまくまわるようになる。
うまくいくようになったら、みんなにもすすめたくなるでしょ?
みんなにもオススメのかみさま
ふじさんがかみさまのヒトもおおいね。
「ボクは、とおくのやまをおがんでいるよ」
「わたしのウィスキーは、なんでもしってるよ」
それが、しゅうきょうのはじまりじゃないかとおもうけど、やってることは、おなじだ。
だけどね「おおきな、いわ」や「いちょうの、たいぼく」をおがんでるひとのことを「むしゅうきょう」のひとがバカだなぁっていってはいけない。
そのぎゃくだって、いけないのはわかるよね。
これが、しんきょうのじゆう(信教の自由)だ(たようせい:ダイバーシティのそんちょうともいう)。
かみさま って、なに?
かみさま って、いつもちかくにいて、インスピレーションをさずけてくれる。みえないけどいないわけじゃない、いるけどみえるわけじゃない。
まるで、くうきだけど、かぜをかんじるようなかんじだ。
キミにもキミなりのかみさまがいるといいね。